現実を逆行分析する:設計図
私は十五年をかけて、意識、死後の世界、そして超常現象に関する証拠を集めてきた。そしてその成果を、この二部作の一冊目、『現実と人生を逆行分析する』にまとめて出版した。あの本は分解作業だった。私は主張を一つひとつ分解し、誰が何を報告したのかを確認し、出典を辿り、そして奇妙なことが起きるのを見届けた。互いに一度も出会ったことのない人々が、異なる時代、異なる言語で活動しながら、同じシステムを描写し続けていたのだ。
分解作業は有益だが、それは理解ではない。技術者なら誰でもその違いを教えてくれるだろう。ラジオをきれいに部品ごとに並べて分解しても、そこから音楽が出てくる仕組みはまるで分からないままかもしれない。理解は、別の問いを立てたときに始まる。もし設計というものが存在するとすれば、いったいどんな設計が、いま私の目の前にあるこの振る舞いを、まさにこの通りに生み出すのだろうか。
それがこの本だ。さらなる証拠ではない(証拠となる事例と出典は一冊目が担っており、ここでは繰り返さない)。これは、証拠が指し示していると私が考える設計図であり、私が同僚に何らかのシステムを説明しなければならないときにいつも用いる方法で記述したものだ。すなわち、それが動く基盤、その中にいる私たちが何者であるかというアーキテクチャ、私たちがそれを操作するためのインターフェース、そしてそれが刻む時計。続いて、いわゆる超常現象と呼ばれる一つひとつの現象を、奇跡としてではなく、その設計から導かれるシステムの通常動作として説明する。そして次に、操作の手段について述べる。なぜなら、操作できない設計図はただの壁飾りにすぎないからだ。そして最後に、試験台について述べる。なぜなら、これについては私の言葉を鵜呑みにする必要はなく、あなた自身で実験を行えるからだ。
この本を理解するのに一冊目を読んでいる必要はない。しかし、私がここで事例や研究に言及するときは必ず、それは一冊目で文書化され出典が示されているものであり、その都度トピックごとに参照先を示す。
始める前に、正直に一言。以下に述べるのはモデルである。これは、私が見出した証拠の全体像に最も適合するものであり、何年にもわたって私自身が壊そうと試みても崩れなかったものだが、それでも推論であって、確立された物理学ではない。私はこれを自信を持って提示する。それは自信に値するものだからだ。そして私はこれを検証可能なものとして提示する。それこそが、主張する価値のある唯一の種類の主張だからだ。
これが、私が見出した設計である。